京都市

今でも泊まれる!京都伏見の寺田屋

寺田屋

幕末の京都を語る上で、外せないのが、
伏見にある船宿の寺田屋ですね。

寺田屋外観
寺田屋外観 当サイト伏見区史跡マップ①番の位置 MAPはこちら>>

ただ、この建物自体100年以上前のものであることは確かですが、
1868年の鳥羽・伏見の戦いで類焼したあとに再建されたもの。

だけど、焼け残った柱などを使っているので、
弾痕跡や刀傷などは本物だという説もあります。

どちらが真実なんでしょうねえ…

龍馬好きの私としては、ロマンを感じていたいので、
本物を使っていると信じていたいですっ!

それに、再建したものであったとしても、
この地に龍馬が滞在したことは事実なので、
今回、寺田屋の中でたっぷりと龍馬を感じてきました^^
 

龍馬の部屋表札龍馬の部屋

龍馬が滞在しているときに
使っていたという部屋も再現されていて、

「こんな部屋で、龍馬は寝泊まりしていたんだあ!」
「この窓から見える、景色をながめたんだなあ!」
「この場所で、ピストルを撃つ練習もしたんだ!」

と思うと感動ものでした^^

寺田屋弾痕跡と刀傷

ピストルの弾痕跡は、龍馬が伏見奉行所の役人たちに
襲撃された際、応戦した時にできたものだそうです。

刀傷は、龍馬が襲撃された時のものなのか、
龍馬の事件の4年前に起きた薩摩藩士たちによる
寺田屋騒動のときについたものかは、はっきりしないようです。

おりょうが入った風呂桶寺田屋裏階段

龍馬の妻となったおりょうが入浴中に
幕府側の役人たちが寺田屋を囲んでいるのを見つけ、
裸のままで龍馬に急いで報せに行ったときに
入っていた風呂桶と駆け上った裏階段です。

これら当時のものに囲まれていると、
見えないけど、龍馬がそばに一緒に居るようで
とてもしあわせな気分になります。

だから、「本物であってほしいなあ!」
って心から思いますねえ^^;

龍馬の詩武市半平太への色紙
(スマホの方は、大きくしても見づらいかも…ごめんなさい^^;)

寺田屋の中には、龍馬の写真や肖像画はもちろん、
龍馬が書いた手紙や詩などもたっくさん飾ってあるので、
時間が過ぎるのを忘れてしまいます。

それに、写真撮影OK!なんです。

写真があれば家に帰ってからも、ずっと龍馬を感じられるし、
見学できる所でも、写真はダメっていうところが多い中、
本当にうれしいサービスですよね^^

寺田屋はま石碑寺田屋前の川

寺田屋はまの石碑は、寺田屋の前の道を渡った向かいにあります。
この石碑のあたりが、江戸時代、
大阪と京都を結ぶ三十石船が着いた場所です。

この宇治川派流は、当時は今の川幅の倍ぐらいあったそうで、
寺田屋以外にもたくさんの船宿が、
軒を連ねて賑わっていたそうです。

たくさんの船が行き来していたんでしょうね^^

龍馬も大阪と京都を行き来するときに
この船を使って、この寺田屋に泊って、
旅の疲れを癒したんでしょうね。

今はこの川に、観光用の三十石船と十石船があるようですよ。

龍馬とおりょう像

寺田屋の前の川べりに下りると、
龍馬とおりょうの銅像がありました。

こんな像までできているなんて、ちょっとびっくり!(笑)

でも寺田屋で幕府の役人と応戦してケガをした際、
傷を癒やすために、ここから鹿児島に向けて
龍馬とおりょうは旅立ったんですね^^

幕末の寺田屋

寺田屋
当サイト伏見区史跡マップ①番の位置 MAPはこちら>>

京都の伏見にあり、大阪と京都を結ぶ船の船宿。

坂本龍馬が定宿としており、また薩摩藩士の定宿となっていた。
坂本龍馬の定宿になったきっかけは、一説によると
薩摩藩によるあっ旋とも言われる。

寺田屋では、幕末の歴史に残るほどの
大きな事件が2つ起きている。

文久2(1862)年4月23日
寺田屋騒動石碑

薩摩藩尊王攘夷志士の有馬新七たちが集結しているところを
薩摩藩主の父、島津久光(しまづひさみつ)の指図により、
派遣された同じ薩摩藩士によって同士討ちとなり、
9名の志士が亡くなった。

慶応2(1866)年1月23日
龍馬襲撃石碑

龍馬は薩長同盟を成功させ、寺田屋に戻り、
三吉慎蔵(みよししんぞう)とともに
そろそろ寝ようとした夜中の3時ごろ、
伏見奉行所の役人に襲撃された。

龍馬は手に深い傷を負ったが、
役人たちのすきを見て裏階段から逃げ出し、
濠川の川べりの材木小屋に避難後、薩摩藩に救助された。

その後、慶応4(1868)年1月3日~6日に起きた
新政府軍と旧幕府軍との戦いにより、寺田屋は類焼。
その後再建され、現在に至る。

寺田屋 見学・宿泊の案内

寺田屋

<見学の案内>
営業時間:10:00~16:00(受付は15:30まで)
料金:一般      400円(団体360円)
   中・高・大学生 300円(団体250円)
   小学生     200円(団体150円)
   ※身障者割引  通常料金より一律100円引
見学の問合せTEL:075-622-0243(10:00~15:30まで)

<宿泊の案内>
料金:素泊り 6,500円(朝食付/別途500円)
予約制:予約は1ヵ月前より受付
    (日曜日と月曜日は予約受付不可)
時間:チェックイン  18:00(門限20:00)
   チェックアウト 09:00(翌日)
泊れる部屋:2階の梅ノ間(龍馬愛用の部屋)以外の5部屋
宿泊の問合せTEL:075-622-0252(10:00~20:00まで)

定休日:1/1~1/3、不定休で月曜日

<交通の案内>
近鉄桃山御陵前駅より850m
京阪中書島駅より400m
JR京都駅八条口京阪ホテル前から市バス(81)京橋下車100m

伏見区の史跡マップはコチラ

関連記事

スポンサーリンク







スポンサーリンク




関連記事

  1. 三条駅 京都東山区にある坂本龍馬史跡マップ
  2. お登勢写真 龍馬の京都の母?!『お登勢』
  3. 鴨川 京都で幕末の志士たちが集った旅館や料亭
  4. 半平太と寅太郎寓居跡 三条から御池界隈の幕末史跡めぐり
  5. 霊山歴史館 幕末維新ミュージアム「霊山歴史館」を見学
  6. 龍馬の墓 坂本龍馬と幕末志士たちの墓
  7. 岩倉具視旧宅外観 国の史跡に指定「岩倉具視幽棲旧宅」
  8. 吉村寅太郎寓居跡説明板 尊王攘夷の急先鋒、京都の「吉村寅太郎」

ピックアップ記事

  1. 大阪海軍塾跡地
  2. 下京区のエリアマップ
  3. 龍馬の墓
  4. 嵯峨嵐山看板
  5. 京大キャンパス
下京区のエリアマップ
  1. 円山公園銅像
  2. 桂早之助墓石碑
  3. 五代友厚大阪商工会議所銅像
  4. 山本文之助の墓
  5. 霊山護国神社境内
  6. 阪急三宮駅
  7. 吉村寅太郎寓居跡説明板
  8. 龍馬とおりょうパネル
  9. 大倉山駅
  10. 酢屋外観
  11. 土佐浪士寓居跡
  12. 土佐四天王の像
  13. 長州屋敷跡石碑

ピックアップ記事

  1. 吉村寅太郎寓居跡説明板
  2. 三条駅
  3. 山本文之助の墓
  4. 神戸交通センタービル
  5. 天保山跡石碑

アーカイブ

スポンサーリンク




おすすめ記事

  1. 龍馬の命を救った伏見薩摩藩邸 薩摩伏見藩邸石碑
  2. 大阪天王寺区にある坂本龍馬史跡マップ 真言坂石碑
  3. 八月十八日の政変は土佐藩志士にも影響が! 御所の門
  4. 龍馬を感じながら三年坂を歩く 明保野亭1
  5. 蛤御門の変で果てた志士たちが眠る上善寺と相国寺 相国寺薩摩藩士の墓
  6. 京における幕末土佐四天王の働き 土佐四天王の像
  7. 幕末の重要拠点二本松薩摩藩邸 二本松薩摩藩邸石碑
  8. 尊王攘夷の急先鋒、京都の「吉村寅太郎」 吉村寅太郎寓居跡説明板
PAGE TOP