よりみち話

京都で幕末の志士たちが集った旅館や料亭

鴨川

京都の鴨川

京(現:京都)で、維新を迎えるために勤王は志士たちは、
幕府や新選組の目を盗みながら会合を重ねていました。

京都の史跡をめぐった中でみつけた、
当時龍馬たち志士が利用したといわれる
旅館や料亭を今回はご紹介します^^

明保保亭

明保野亭2明保野亭1
当サイト東山区史跡マップ①番の位置 MAPはこちら>>

明保野亭は、京都東山の産寧坂の途中にあります。
この料亭は、幕末は尊王攘夷志士たちが
よく利用していたようです。

司馬遼太郎氏の「竜馬がゆく」では、
龍馬がお田鶴さまとの密会に使っていましたよね^^

元治元(1864)年6月10日には、明保野亭事件が
起きています。

事件の内容は…

池田屋事件の残党狩りのために新選組と会津藩士は、
明保野亭に長州系の志士が居ると情報を得て、
明保野亭に踏みこみました。

そのとき、会津藩士の柴司(しばつかさ)は、
長州藩浪士と間違えて土佐藩士の麻田時太郎を
背後から手槍で腰をついてケガをさせてしまったんです。

そして土佐藩は、なんと!
武士にあるまじき後ろ傷を受けたということで、
麻田時太郎を切腹させたんです。

柴司は、会津藩からはおとがめなしとされましたが、
時太郎が切腹させられたことで、
会津藩と土佐藩がもめるきっかけになってはいけないと
自らも切腹してしまった痛ましい事件なんですね。

池田屋

池田屋はなの舞池田屋事件石碑
当サイト中京区史跡マップ⑦番の位置 MAPはこちら>>

上記の明保野亭事件が起こる数日前の6月5日、長州藩士の定宿となっていた
三条通りにある旅館池田屋で、長州藩士や土佐系浪士たちが
集まっていたところへ新選組が襲撃。

その結果多くの長州藩士たちが命を落としています。
その中には、龍馬が塾頭をつとめる
神戸海軍操練所のメンバーもいたんです。

ちょうど池田屋事件当日は、龍馬は江戸(現:東京)にいたので
この現場に居合わすことはなかったようですね。

この池田屋の主人、池田屋総兵衛(いけだやそうべえ)は、
この池田屋事件で新選組に捕らえられ、
六角獄舎に入れられてしまいました。

獄舎での拷問にも耐え、一切口を割らなかったそうです。
一般の町民なのに、です。

でもその結果、総兵衛は獄舎で死んでしまったんですね。

この時代の京都の人たちには、
池田屋総兵衛のように、長州藩士ら尊王攘夷志士たちを
命がけで守った人がたくさんいたんです。

そのおかげで、龍馬たちのような脱藩浪士や長州藩士なども
京で活躍することができたんですよね^^;

翠紅館

京大和翠紅館跡石碑
当サイト東山区史跡マップ②番の位置 MAPはこちら>>

翠紅館(すいこうかん)は、幕末当時は、西本願寺の別邸でした。

そのなかで、龍馬ら尊王攘夷派の志士たちが
秘密の会合をする場所として、
西本願寺の門主が提供したのが、
翠紅館広間と送陽亭という場所だったんですね。

特に文久3(1863)年1月27日には、
後に「翠紅館会議」と呼ばれる会合が持たれています。

土佐藩士の武市半平太(たけちはんぺいた)や、
長州藩士の久坂玄瑞(くさかげんずい)
桂小五郎(かつらこごろう)らによる
攘夷の方法を話し合ったんですね。

現在は、維新の道と呼ばれる坂の途中にあり、
霊山歴史館の横に位置していて、
「京大和」という高級な京懐石の料亭となっています。

そして、送陽亭は保護建造物に指定されていて、
翠紅館会議に参加した人たちの写真が、室内に飾ってあるそうです。

また、翠紅館広間で食事もできるようです。
予約と部屋代などもいるようですが^^;

一力亭

一力亭1一力亭2

一力亭は、京都四条通と花見小路の角に面した所にある、
祇園情緒豊かな老舗のお茶屋さんです。

ここへは、龍馬たちが活躍した幕末の頃よりも160年以上も前、
赤穂浪士で有名な大石内蔵助(おおいしくらのすけ)
通ったといわれる歴史のあるお店ですねえ^^

龍馬の妻のおりょうの回想によると池田屋事件の数日前、
龍馬が江戸に立つ前日に、龍馬、おりょう、
菅野覚兵衛(すがのかくべい)、そして池田屋事件で亡くなった
望月亀弥太(もちづきかめやた)と一緒に、一力で豪遊したそうなんですね。

そのとき、龍馬は易者に、覚兵衛はお店の番頭に、
亀弥太は手代風に、おりょうも若衆姿に変装して
一力亭へいったそうですよ^^

幕末の京といえば、新選組に会うと
斬られるかもしれないという緊張感の中で、
コスプレをする遊び心が、龍馬らしい感じがしますよね^^

このほか幕末の志士たちでは、薩摩藩士の大久保利通(おおくぼとしみち)
西郷隆盛(さいごうたかもり)らも通ったとか…

角屋

角屋外観角屋石碑
当サイト下京区史跡マップ①番の位置 MAPはこちら>>

角屋は、京都市下京区の山陰線丹波口駅から
歩いて7分ほどのところにあります。

ここは、龍馬たちがよく利用したのかはわかりませんが、
西郷隆盛や久坂玄瑞らが密儀を交わしたり、
資金調達のために豪商を接待するのに使ったりしていたようです。

新選組の隊士たちもよく利用していたようで、
新選組の芹沢鴨(せりざわかも)がつけた
刀傷が今でも残っているそうです。

この角屋は、当時の三大花街の一つ島原の揚屋で、
現存しているのはこの建物だけで、
国の重要文化財に指定されています。

そして「角屋もてなしの文化美術館」として、
見学もできるようになっていますよ^^

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