中京区

龍馬と海援隊の京の拠点「酢屋」

坂本龍馬酢屋石碑

酢屋前にある坂本龍馬寓居の跡の石碑
当サイト中京区史跡マップ⑥番の位置 MAPはこちら>>

長崎屋や下関などを中心に活動していた龍馬が、
大政奉還の道筋をつけるために
ようやく京(現:京都)に戻ってきたのが、慶応3(1867)年6月。

その時に、身を寄せたのが、材木商の「酢屋」でした。

このころの酢屋は、材木屋だけでなく、
高瀬川で運送業も営んでいました。

当時の高瀬川は、京(現:京都)の中心部と伏見を結んでいて、
酢屋の前まで高瀬舟が出入りしていたので、
伏見や大坂(現:大阪)との連絡に都合が良かったようです。

また各藩の藩邸が近くにあり、折衝に便利だったので
龍馬はここ酢屋を選んだんだようです。

龍馬は酢屋にいたころは、
「才谷梅太郎(さいだにうめたろう)」という
変名を使っていて、酢屋の2階の1室で住んでいたんですね。

そして、この部屋で龍馬は慶応3(1867)年6月24日に
故郷の乙女(おとめ)姉宛に、この酢屋に居る旨など近況を伝える、
約5mもの長い手紙を書いたそうです。

『今日もいそがしき故、薩州屋敷へ参りかけ、
朝六ツ時頃よりこの文したためました。
当時私ハ京都三條通り河原町1丁下る車通酢屋に宿申し候。
   ~~~ 中略 ~~~
私一人にて五百人七百人の人をひきいて天下の御為するより
二十四万石をひきいて天下国家の御為居たすがはなはだよろしく、
おそれながらこれらの所には、乙様(乙女)の御心には少し、
心が及ぶまいかと存じ候。』

など、いろいろと書かれていたようです。
だって、5mもあったんですものね^^

残念ながら、その手紙が龍馬から乙女姉の最後の手紙に
なってしまったんです。

酢屋では、龍馬が居たという部屋は、当時の面影はなく、
とてもきれいになっていて、ギャラリーとなっています。

そのため見学はできましたが、
室内の写真は撮ることが禁止されていましたので、
展示してあった資料などは、
ここでご紹介できないのが残念ですね。

酢屋

当時の面影を残す、酢屋の2階の出格子から、
龍馬は、荷車が通る道を良く眺めていたり
ピストルの試し打ちなどもしたそうです。

今は、酢屋の向かいには、飲食店などが並んでいますが、
龍馬が居た当時は、向かいは高瀬川の舟入で、
舟の荷揚げをする場所だったので、そこをめがけて
ピストルを撃っていたんでしょうね。

高瀬川高瀬川オープンカフェ

現在の高瀬川です。
今回私が行ったのは夏でしたが、
春にもなると、桜がとてもきれいで風情たっぷりです^^

高瀬川の川べりでは、レストランがテーブルを並べていて、
川の流れを感じながら食事もできるんですね。

この川のせせらぎを見ていると、
150年ほど前の幕末に、この辺りで日常的に志士たちが
暗殺されたり斬り合いがあったなんて、
まったく想像もできませんね^^;

酢屋の海援隊名簿

この酢屋は、龍馬が定宿として利用しただけではなく、
龍馬が隊長として率いる結社「海援隊」の京都本部
としても使われていました。

話は、龍馬が暗殺された直後のことになりますが、海援隊隊士、
陸奥陽之助(陸奥宗光)(むつようのすけ(むつむねみつ))らが、
龍馬と中岡慎太郎(なかおかしんたろう)を殺害したのは
紀州藩が黒幕と思いこみ、かたき討ちだと襲撃した「天満屋事件」。

海援隊士たちが、その打ち合わせを行ったのも、
こちらの酢屋だったそうです。

酢屋外観
酢屋の外観
当サイト中京区史跡マップ⑥番の位置 MAPはこちら>>

この酢屋は、享保6(1721)年から約290年間
龍馬が住んだ当時と同じ場所で代々材木屋を営んでいます。
でも、今は材木商といっても、
創作木工芸品の販売をしていました。

ギャラリーは、想像していたほど広くなかったですねえ。

もともとが旅館ではなく材木商で、
そこを間借りするように
龍馬が寝泊りをしていたのでしょうから、
当然なのかもしれませんね。

<見学の案内>
営業時間:10:30~17:00
入場料:500円(中学生以下無料)
定休日:水曜日

電話:075-211-7700
住所:京都市中京区河原町三条下る一筋目(龍馬通)
URL:http://kyoto-suya.co.jp/

<交通の案内>
河原町三条南へ一筋目を東入る北側
阪急河原町より徒歩5分
京阪三条より徒歩3分
地下鉄東西線市役所前より徒歩5分

スポンサーリンク







スポンサーリンク




関連記事

  1. 近江屋跡 龍馬と慎太郎最期の場所「近江屋」
  2. 龍馬通看板 龍馬の隠れ家「酢屋」がある龍馬通
  3. 陸援隊跡地 忘れかけられた龍馬を時の人にした田中光顕
  4. 鴨川 京都で幕末の志士たちが集った旅館や料亭
  5. 土佐藩邸跡石碑 河原町高瀬川べりにある土佐藩邸跡
  6. 二本松薩摩藩邸石碑 幕末の重要拠点二本松薩摩藩邸
  7. 同志社 京都市上京区の幕末史跡を訪ねて歩く
  8. 御所の門 八月十八日の政変は土佐藩志士にも影響が!

ピックアップ記事

  1. 阪急三宮駅
  2. 海援隊員一覧
  3. 明保野亭1
  4. JR高知駅龍馬像
  5. 土佐浪士寓居跡
半平太と寅太郎寓居跡
  1. 大倉山駅
  2. JR高知駅龍馬像
  3. 龍馬ゆかりの地兵庫
  4. 二本松薩摩藩邸跡地
  5. 酢屋外観
  6. 寺田屋事件ピストル
  7. 池田屋跡石碑
  8. 天保山風景
  9. 三条駅
  10. 山本文之助の墓
  11. 大阪海軍塾跡地
  12. 坂本龍馬肖像画写真
  13. 東粉浜小学校

ピックアップ記事

  1. 鴨川
  2. 梨木神社2
  3. 海援隊員一覧
  4. てんまばし
  5. 坂本龍馬酢屋石碑

アーカイブ

スポンサーリンク




おすすめ記事

  1. 幕末の重要拠点二本松薩摩藩邸 二本松薩摩藩邸石碑
  2. 尼崎市にある幕末史跡マップ 大物公園
  3. 京都下京区にある坂本龍馬史跡マップ 下京区のエリアマップ
  4. 忘れかけられた龍馬を時の人にした田中光顕 陸援隊跡地
  5. 京都左京区にある坂本龍馬史跡マップ 左京区エリアマップ
  6. 幕末にあった土佐藩の大坂住吉陣屋跡地とゆかりの地 東粉浜小学校
  7. 京都伏見区にある坂本龍馬史跡マップ 伏見区中書島駅
  8. 神戸市兵庫区にある坂本龍馬史跡マップ 大倉山駅
PAGE TOP