「2014年11月」の記事一覧(2 / 2ページ)

神戸市中央区にある坂本龍馬史跡マップ

阪急三宮駅

神戸市中央区は、勝海舟が幕府に進言してつくった海軍操練所などがあります。勝海舟ゆかりの地ではありますが、龍馬も勝海舟の門下生として私塾の塾頭としてなじみのある土地です。この海舟私塾が母体となってのちの海援隊がつくられることになったんですね^^

龍馬と勝海舟にまつわる神戸の史跡めぐり

神戸交通センタービル

龍馬が勝海舟の門下生になって、海軍塾の塾頭となり学んだ神戸の街の史跡を巡ってきました。まあ、龍馬中心というよりは、勝海舟がメインの史跡に龍馬の名があるという感じでしたが^^;

京の西郷隆盛と龍馬との出会い

錦小路薩摩藩邸跡石碑

上野の銅像でもおなじみの西郷隆盛ですが、幕末には、京都でも活躍しました。龍馬とも深い信頼関係を築いていたようですね。その信頼関係・熱い友情があったからこそ薩長同盟は成立しましたし、また龍馬が幕吏に襲われた後、薩摩へ療養にも行くことになったんですね^^

京都右京区にある坂本龍馬史跡マップ

嵯峨嵐山看板

なぜか右京区の嵯峨嵐山には、幕末の土佐四天王といわれる勤王志士たちの像があります。この方面にはあまり幕末の史跡はありませんが、天龍寺では、禁門の変の前に長州藩士が結集していました。その時の刀傷も残っているそうですよ^^

京都下京区にある勤王志士幕末史跡マップ

島原大門

下京区には、倒幕派の史跡はほとんど見当たりませんが、日本三大花街のひとつ「島原」は、幕末の志士たちが、資金を集めるために豪商を接待するのに使われたそうです。その中のひとつ「角屋」には、『久坂玄瑞の密儀の角屋』と書かれた石碑が立っていますよ^^

禁門の変で自ら命を絶った久坂玄瑞

久坂玄瑞の墓

吉田松陰が、高杉晋作と並んで高くその人物・能力を評価した久坂玄瑞。龍馬が脱藩するのに大きな影響を与えたともいわれています。玄瑞は、その能力を活かしきる前に25歳という若さで、禁門の変の時に自刃して亡くなっています。そのお墓は、龍馬と同じ京都霊山護国神社にあります。

嵯峨野嵐山にある土佐四天王像と天龍寺

無動庵

嵯峨嵐山に坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎、吉村寅太郎の4人、土佐四天王の銅像を見つけました。「なぜ嵐山に?」とびっくりしましたが、禁門の変(蛤御門の変)前夜に長州藩兵たちが陣営を構えていたことからきているんですねえ。

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